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Channel: 次世代に遺したい自然や史跡
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坂本龍馬脱藩の道長州路7防府市編(2)

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≪脱藩の道と山陽道を結ぶ萩往還≫

[堀を埋め尽くす亀の大群]

坂本龍馬の脱藩の道・長州路陸路は、防府市三田尻の三田尻御茶屋から始まりますが、当ブログでは飽くまで追体験をすることを考えて記述しているため、JR山陽本線防府駅を起点に記述します。



上関港界隈から防府駅に向かうには、航自然、戦跡、ときどき龍馬-三田尻界隈の萩往還と山陽道の絵図 路なら柳井港→山陽本線柳井港駅、路線バス時は柳井駅へと行き、そこから山陽本線で防府駅へと向かいます。



駅北東の防府天満宮門前の山陽道沿いに、龍馬が慶応元年103日、滞在したと思われる(桂小五郎宛ての小田村素太郎の書状より)旅籠、藤村屋の跡や別の場所に復元された建物、文久21月末から2月初旬に滞在した岡本三右衛門邸跡については以前、マイマイ新子関連の記事で解説済なので、防府駅から三田尻御茶屋跡までや、近藤長次郎と薩摩名義の艦船の引き取りについて衝突した長州海軍局跡側にある御船倉跡への道順を解説します。



防府天満宮前から防府駅東を通って三田尻御茶屋跡までは、文久22月初旬、龍馬が岡本三右衛門邸を出立し、三田尻港まで向かう際に歩いた萩往還が通じている自然、戦跡、ときどき龍馬-車塚古墳前方部入口 ので、これを歩くと文久2年時の追体験になります。


萩往還は歴史ファンなら全員知っている位、有名な古道で、萩城下と三田尻御茶屋を結ぶ、長州随一の街道です。



駅の南口に出ると、山陽本線に沿う一方通行道を東進します。400mほどの所の角にオーケイ・パーキングがある交差点を南北に走る車道が萩往還です。街中故、当然古道も歩道もなく、全て車道化されて自然、戦跡、ときどき龍馬-車塚古墳後円部入口 います。



南に100mほど歩くと、左手にこんもりとした森が見えていますが、これは全長55mの前方後円墳、車塚古墳です。但し、中央部南側と東部後円墳部南側は、各神社造営によって削り取られています。



前方部、後円部、それぞれに玄室があり、前方部の入口は露わになっていますが、後円部は入口に稲荷神社があり、ど自然、戦跡、ときどき龍馬-堀の亀群 ちらもフェンス設置により、内部に入ることはできません。



萩往還に戻ると、古墳への道との分岐南東隅に、ギョッとする光景が広がっています。常夜燈が底に建つ干からびた堀を、無数の亀が埋め尽くしているのです。水がないのに、亀自体は干からびることはないのでしょうか。



私はこのやや南方から萩往還を逸れ、極力狭い道を選びながら御船倉跡まで行きましたが、完璧な追体験をしたいファンの方のために、萩往還を御茶屋跡まで、ルートを述べ、それから御船倉跡へと向かうルートを次回、解説します。




亀の大群よりギョッとする史跡や古道を期待する、という方は次の二つのバナーをプリーズ・クリックon

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