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Channel: 次世代に遺したい自然や史跡
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四国最大・2万本の全村梅林村

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徳島県の旧美郷(みさと)村、現在の吉野川市美郷は地区(旧村域)全域がゲンジボタル生息地指定を受けているが、近年は四国最大2万本の梅林や梅園を整備し、観光振興を行っている。



但し、一ヶ所に2万本あるのではなく、六自然、戦跡、ときどき龍馬-大畠酒造上の梅林 ヶ所の梅園と梅林を中心に、旧村域全体に点在しているのである。

一昨日、私は時間の関係で半分ほどしか回れなかったが、花の期間中、各梅園では物販や軽食コーナーを設け、地元の梅を使用した菓子やアルコール、調味料等を販売し、休日は賑わいを見せる。どの梅園も入場無料と言うのも嬉しい。



アプローチは、徳島自動車道脇町ICを降りて右折。国道193号を南下し、県道12号若しくは国道192号に出て東進、瀬詰交差点から南に再び国道193号に入る。15分ほどで美郷中心部に至る。



美郷駐在所西隣のみさと屋が観光案内所自然、戦跡、ときどき龍馬-大畠酒造売り場 も兼ねているからマップ等を貰うと良い。但し、期間中の休日は駐車場が満車で駐車できないことがある。



その東方の変形四差路左手に「大畠酒造」の看板が出ているが、ここが最初の梅園である。どこに梅園があるかは、地区の配布マップを見れば分かるが、各梅園や梅林へは、道路縁のピンクの幟旗が導いてくれる。



大畠酒造は山の中腹にあるが、看板から5分ほどで到達する。梅林は建物の下方と上方にあるが、ここは見頃をやや過ぎていた。

この酒造会社は元々農家でこじんまりしているが、店先に行くと10代後半位(?)の若い娘さんが「休んでいきませんか?」と声をかけ、お茶と米粉で作っ自然、戦跡、ときどき龍馬-天野梅園 た手作りクッキーを出してくれた。



私が訪れたのは14時と遅かったため、他に客はいなかったが、多い時は一日千人も訪れるというから驚きである。

建物の上の梅林の一角には、天保時代に建立された地蔵のような石仏があったため、当主の方に尋ねてみると、それは庚申だと言う。徳島県の庚申は板碑型が多いのだが、このような地蔵型のものは徳島県内では見た記憶がない。道ぶちではなく、畑の一角に建てられていることも異例である。



美味しいクッキーを戴いたからには何か購入しなくては、と商品を見てみるとどれも安く、クッキー等は150円位からある。メイン商品は梅酒原酒。健康体なら購入するのだが、ここは無難にクッ自然、戦跡、ときどき龍馬-天野梅園東方の広場の梅林 キーや梅のポン酢を購入した。



次は美郷最大の梅園、天野梅園に向かう。国道に戻ると南下し、川俣橋を渡った所で、県道のすぐ上を並行して東進する道路に上がる。すぐの右急カーブで看板を見て左折する。



ここは規模が大きいだけに駐車場係もおり、ビニールハウス内の軽食コーナーにも沢山の行楽客の姿がある。流石に無料茶菓子サービスはない。

梅は山の斜面や支尾根に何百本も植栽されている。こちらも大畠酒造同様、梅林からの景色は良い。



ここの物販コーナーにも150円のクッキーがあるが自然、戦跡、ときどき龍馬-愛後梅林 、こちらはブルーベリーが原料。ここではそのクッキーのほか、カップケーキやチューブに入った梅肉を購入した。どれも料金は数百円以下。もう完全に自分が尿管結石経験者であることを忘れ、普通に食べたいと思う物を購入している。



もう時刻は15時半を回っている。そこですぐ南の「西梅園」には寄らず、東方の愛後梅林に向かうことにした。

向かう途中の道路左手の広場にも纏まった梅林があったが、愛後地区手前の重野尾地区の東部宝田集会所周辺にも一定規模の梅林がある。



愛後梅林は特に出店が出ている訳ではなく、駐車場もないが、最上部の梅の手前の道路縁に駐車し、集落中心部まで徒歩で自然、戦跡、ときどき龍馬-照尾八幡横の梅林 下り、三ヶ所ほどの梅林を見学した。



もう時間的に店舗を擁す梅園に寄ることはできない。そこでやや離れた南方の照尾(てるお)八幡に向かうことにした。展望がいいことと、タブ
ノキの巨樹があるからである。



西梅園分岐まで引き返し、南下して行ったが、神社の標柱が道路からやや奥まった所にあったため気づかず、通り過ぎてしまい、国道へ出てもその辺りは一車線になっていたことから、それを国道と気づかず、自然、戦跡、ときどき龍馬-谷の四足堂と梅木 神山町方面へ向かってしまった。



大分上方へ行った所で間違いに気づいて引き返し、さきほど国道へ出た地点の三叉路の広場に駐車した。その広場は「梅の花マップ」では「中古井臨時休憩所」となっているが、あるのは広場と数本の梅の木だけである。そこからは照尾八幡まで徒歩で向かうことにした。



八幡は急坂を上った所にあり、西下や南側に梅林が広がり、彼方の山並みを望見することもできる。社の裏にあるタブノキは徳島県第二位の巨樹であるという。社殿の前にも銀杏の巨木がある。



もう時刻は17時だが、せめて「谷の四足堂」だけ自然、戦跡、ときどき龍馬-四足堂境内小堂内 でも寄ろうと思った。美郷には昔から四足堂という、茶堂を一回り大きくしたような茅葺の堂宇がいくつもあった。地区の祭り時には堂に集まり、踊りを踊っていたという。



休憩所まで戻ると国道を北上。宮倉橋を渡った所を左折して行き、ほのぼの工房の箇所で右に折り返して川田川を渡る(軽四以外は渡れない)。尚、ほのぼの工房も梅園を擁す観光施設である。



橋を渡ると右折するが、四足堂の看板は出ていない。近くの梅林の向かいに地図板があったので見ると、この梅林の斜め上にあるようである。梅林の際を上って行き、水路を渡った所にあった。



が、想像していたものとは大分違っていた。てっきり、高知と徳島県境の四足峠にある四足堂のような堂宇だろうと思っていたのだが、別に四本の支柱 がある訳ではなく、何本もの支柱からなる普通の堂宇である。造りは茶堂に似て自然、戦跡、ときどき龍馬-四足堂上方から梅林の俯瞰 おり、内部の奥には石仏を安置していると思われる格子扉がある。



現在の堂宇は昭和4年再建のものである。大正末、子供の火遊びで全焼し、昭和4年、平八幡の拝殿再建時、その用材で再建されている。

境内には朽ちかけた小堂もあり、中を除くと傾いた阿弥陀木像と二体の脇侍があった。彩色も色褪せ、地元民からも忘れ去られた観がある。



堂宇手前には庚申塔や板碑、石仏、五輪塔群がある。板碑は貞治2(1363)の南北朝時代のものである。

この後、川田川沿いの梅群を見学してから帰路についた。

因みに観光梅園はもう一ヶ所、ほのぼの工房南方にもある。農家民宿「きのこの里」周辺である。



美郷梅の花マップ(南北逆)は→こちら

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